新たな生活がスタートした!

アキナとの日本一周旅行を始めて5年経過しました。あっという間ですね。

その間、新型コロナの蔓延、緊急事態宣言とその収束、ウクライナ侵攻もあり、株高もあり、いろいろありました。

で、われわれと言えば、当時からすれば予想を全くしていませんでしたが、去年結婚しました。私とアキナは年齢差で倍半分ですな。友人連中からは、やれ「犯罪だ」、とか、「子どもの成人式見れんやろ」、とかいろいろ言われますが大きなお世話ですな。楽しくやってます。

 

還暦過ぎて、ご両親に挨拶に行ったり、結納したり、両家顔合わせしたり、とイベント盛りだくさん。

結構たいへんでしたが、ネットで検索しながら何とかこなしました。こういったことは普通両親がやることなんでしょうけど、老人施設に入っている母にお願いできるはずもなく仕方ありません。

正直なところ、ご両親から、自分たちと同じ世代の、おまけにバツイチのおまえなんぞに娘をやれるか!とか言われることを覚悟していました。

が予想外に、とてもフレンドリーな方々で、そんなことは一切言わず、うまく結婚までこぎ着けました。

 

日本一周を始めた2020年ころは、アキナには結婚を考えている人がいました。

ですから、結婚前の約1ヶ月限定の旅行の予定でした。お互いに気の合う友人といった関係だったのですが、その後、婚約者のさまざまな不都合な事実が明らかになり、相談に乗っていたらその後私の家に寝泊まりするようになり、そして、同棲、結婚となった次第です。この経緯はいずれ書きます。

 

定年になった

本日は、2026年3月31日。定年退職の日だ。65歳。

いつもどおり7時に起きて9時に出勤する。退職の日だからと特別なことをしたくないので普段どおり出勤してデスクに座る。ちがうのは、朝礼での挨拶から。そして、いろいろな部署でお世話になった方々を訪問し、在職中のお礼や退職後のことなどたわいもないことを立ち話して、気付けばはや17時だ。所属部署でサポートしてくれた方々に囲まれて、大きな花束をもらってオフィスを後にする。本社ビルの車寄せには黒塗りのハイヤーが用意され、今日は自宅までハイヤーで送ってもらえる。勤務最後の日は重役になった気分だ。

 

会社に勤め続けていれば、定年退職の日っておおよそこんな感じなんだろうと妄想してみた。実際はというと、大学教員の退職の日はとくに何もない。そもそも、退職の日に出勤してない。よって挨拶はなし。もちろん花束も。ちょっと寂しかったのは、ねぎらいのメールなども皆無だったこと。まあ、こっちも挨拶してないし、退職の挨拶メールもしてないし、お互い様なんだけど。

大学での送別会はなかったけれど、研究室に来てくれてねぎらいの言葉をかけてくれる教員や最後にサシで飲もうよと,声をかけてくれる教員もいてうれしく思った。とくに、この数年仲違いしたというわけではないが、ちょっとした利害関係の齟齬によって、ギスギスしていた同僚が送別会を開いてくれたのには、少々の驚きとともに望外のうれしさがあった。わだかまりも解けてよい思い出となった。ほかには、10年くらい前に事務室で一緒していた女性たち4人が送別会を開いてくれた。いまは、勤務地(キャンパス)も違ってほとんど会っていないのだが、久しぶりの飲み会で昔話に盛り上がった。性別関係なく楽しく会話できるのもなかなかのすばらしい関係だ。今所属しているところの方々とは、あまり懇意にしておらずこういった飲み会もなかったので、とてもうれしかった。いまのキャンパスの方々とは一緒にのみに行こうとは思わない。ずいぶんと職場の雰囲気が変わったものだ。

 

定年を機会に、ブログを再開することにした。

愛車遍歴⑩

 

このころから、クルマもずいぶんと(趣味も含め)変わっていきます。3台になっていたクルマも、子どもの成長とともに活躍の場が少なくなっていき、エスケープを売却し2台に減らしました。

 

 

さらには、スカイラインが、古さを感じさせるようになってきたので買い換えることにしました。前々から同じくスカイラインのR34クーペが欲しかったので程度のよい中古車を探していたのですが、なかなか踏ん切りが付かず購入には至りませんでした。今から思えば、当時(2008年ころ)、R34クーペのターボが200万円を切るくらいだったので、買わなかったのが残念です。今だと、500万はくだらないですからね。

それで、買ったのがアウディA6セダンです。こちらは中古で。結局、このクルマは2年落ちで購入してその後15年間乗り続けることになりました。アウディは、並行して、あるいはその後、S6、A6アバント、A6オールロードクワトロ、と今に至るまでA6が続くことになります。A6に初めて乗った時、高速道路での安定感がすばらしく、その後今まで乗り継ぐことになりました。R34もとても良い車ですが、FRと4WDの違いでしょうか、A6の安定感は抜群です。一方、エンジンフィールはやはり直列六気筒に分があります。通勤は往復100キロ程度ですが大半が高速で山の方では雪も降ったりしましたから、本当に4WDは重宝しました。路肩に止められたベンツやBMを横目に何事もなく帰宅できる、そんなことも何度もありました。それとともにアウディへの信頼度は爆上がりです。で4台も乗り継ぐことに。今となっては冷静に振り返ることができますが、まあ、あたったタマ(クルマ)がたまたまよかっただけということなんでしょう。2代目アウディのS6ではセンサー類の故障で散々な目にあいますし、そのあとのA6アバントも、頻繁に点灯する故障ランプのリセットのためにテスターを購入する羽目になりました。あと、これまでの3台は、すべてエアコンが故障しました。S6は認定中古車のため保証で修理できましたが、初代と3代目は修理することなく売却となりました。エアコンの故障がきっかけで売却した例は多いです。なんででしょうかね。

愛車遍歴⑨

 

オデッセイ時代から所得の向上とともに、愛車遍歴も加速していくことになります。オデッセイを保有しているときに、元妻用にパジェロジュニアの中古を購入しました。新車の軽自動車にしようかと思っていたのですが、元妻が軽は絶対にイヤだと。

 

埼玉の奥の方にある小さな中古車屋で購入しました。はじめての4WDで1000CCにしては燃費がよくなかった。120万くらいでした。このクルマの思い出はほとんど残っていないのですが、海外旅行するときにスーツケースを二つ詰め込んで成田空港まで行った記憶があります。荷物でぎゅうぎゅうで、ルーフのキャリアにも荷物を載せていきました。

その後、海外勤務から戻ってきて、スカイラインR34を中古で買いました。このころからインターネットが普及してきてネットで現物を見ることなく購入しました。フェアレディZ以来のL型6気筒、ターボでした。加速は最高で、日産自慢の直列6気筒のスムーズな吹け上がりがすばらしく、長く乗り続けました。2万キロで購入し、13万キロくらいで売却(下取り)しました。故障は、オートマが一度故障(2速に入らなくなった?)したくらいで他にはありませんでした。

スカイラインに乗っているときに、パジェロジュニアを三菱コルトに乗り換えました。これは新車で購入しました。あまり印象に残っていません。まあ、2台体制になったので乗る機会が減ったからでしょう。さらに、その後フォードエスケープを購入し3台体制になりました。この頃、子どもも小学生、幼稚園に行くくらいの年齢になり、キャンプとか旅行に行くためにSUVを購入したというところです。これも新車で購入しました。だいたい妻が乗る車は新車、私は中古、というのが当時の暗黙ルールで(笑 

さらにわが家のバブル度は進行します。三菱コルトをシトロエンC3に買い換えました。これも新車となりました。妻用ですからね、新車がマストです。きれいなベージュの革のシートで、乗り心地がまさにフランス車のものでした。20台限定車で、国内最後の1台という営業のひと言にのっかかっての衝動買いです。シトロエンというクルマ、やはり故障が多い。3年の保証期間前後でエンストを含め結構な故障がありました。結局のところは、7,8年でミッションがいかれて、修理費が80万円。その上、部品を本国フランスから取り寄せるのに数ヶ月ということで、潔く手放しました。このころには既に夫婦仲は、破綻間近でした。都内にマンションを購入し別居していました。妻からの連絡はだいたい息子たち経由でした。そういう状況なので、次のクルマは当然のように中古、それも軽になりました。ひどい旦那ですねえ(汗 ただ、ダイハツのディーラーで程度のよい新古車を選びましたからそんなあくどいこともないでしょう。

 

 

愛車遍歴⑧

 

オデッセイは、初めての新車での購入です。ようやく新車を買える所得に到達したと言うことになりますでしょうか。

振り返ってみるとこのころの年収が大体600万くらいでした。おそらくローンを組んで乗り出し価格が250万円の支払だったように記憶しています。このくらいの年収だと、国産車を新車で買えるようになるんでしょうかね。

そこそこ給料が上がって新車買って、家族4人で楽しく遠出、というのが相場なんでしょうけど、あまりよい印象はないです。元妻といつもケンカしていたような(汗。

子どもたちと3人だけでドライブするぶんにはとてもよい思い出ばかりなんですがね。挙げ句の果ては、妻から道が違うと怒鳴られている最中に事故をしてしまいました。

大した事故ではなくお互いにちょっとした傷くらいの事故だったのですが、始めて対物保険を使いました。後にも先にも、これまでの唯一の保険を使った事故です。

夫婦円満が第一という教訓をくれたクルマでした。そんな折、海外に転勤が決まりオデッセイを売却することになりました。

 



 

愛車遍歴⑦

 

シルビアの後は4ドアのスプリンターマリノです。単なるスプリンター(カローラ)ではなくて、クーペタイルのちょいとかっこよいクルマでした。いわゆるピラーレスの4ドアハードトップですね。1600CCツインカムで、レビンとかトレノと同じエンジンです(でしたっけ?)。

レビンと言えば聞こえはよいですが、今一吹け上がりが悪く、結果として加速がよくなかった印象のクルマでした。160馬力だったんですが、どうも馬力に加速が見合っていなかったように感じました。トルクが太くないというか,そんな印象でした。ただ、デザインは結構好きで、コンパクトさもあってお気に入りではありましたが。

このクルマの思いでは、当時住んでいた世田谷から名古屋の勤務地まで上の子を連れて移動してたことです。火曜日に仕事で、朝5時半くらいに家を出ます。用賀から東名に入って延々飛ばします。なんせ、名古屋市の瑞穂区の幼稚園に9時までに入らなければなりません。ところが、子どもが結構な頻度で吐くんですよね。毎回、富士川SAを超えたあたりで。由比のPAで吐いたものを掃除して、名古屋を目指します。幸いだったのは、子どもは吐いてもけろっとしていて、社内でおとなしくしていたことです。これを2年間くらい続けました。その後二人目が生まれることになり、さらに大きなクルマをということでオデッセイに乗り換えました。

 

愛車遍歴⑥

 

愛車遍歴の続きです。BMW520は、エンジンプラグがかぶることが多く苦労が絶えませんでした。1,2年乗って、デートにも耐えうるクルマに乗り換えることにしました。尼崎の大型中古車センター、朝日オートセンターでシルビアを購入しました。3年落ちで120万円くらいだったでしょうか。まあ、当時の経済状況にぴったりのバブルカーでしたね。

リトラクタブルヘッド、クーペ、ターボエンジン、きれいなホワイトでした。このクルマでは,会社の同期、後輩などと遊びに行きました。兵庫のハチ北高原や中部エリアのダイナランド(っていったっけな)、姫路のセントラルパーク、なんかに行きましたし、週末はテニスにも頻繁に行ってました。その後、結婚し、子どもができるまで乗ってました。子どもができるとさすがに2ドアクーペでは厳しくて、カローラマリノという4ドアに乗り換えました。

 

シルビアでは印象的な思い出が一つ。私自身、これまで事故したことは皆無なのですが、あるときクルマに乗ろうとすると、ミラーが折れているではありませんか! えっ、どういうこと?、むかつきました。当て逃げに違いありません。助手席側のドアミラーが折れてぶら下がっています。だれに怒りぶつけることもできず、すぐに駐車場から家に引き返して妻に言いました(元妻ですね)。

「ひどいんだよ、当て逃げされてて、ミラーが折れてた。ほんとひどいやつがおるもんや!ほんまむかつく」

そうするとなんとなんと、妻が驚きの言葉を。

「あっ、ごめんね、この間クルマを電信柱にぶつけてミラーが折れた」

はあ?まじか、当て逃げの犯人は・・・。みてみると、タイヤのホイールカバーも一つなくなってました。

そんな重要なこと、なんで黙ってる?

その頃から妻が信じられなくなったのは言うまでもありません。とんでもない女で!

また、こんなこともありました。

うちは車庫に2台並列でおけるようになっていたのですが、元妻はしばしば斜めに前から突っ込むんですよね。私が帰宅して、電動のシャッターを開けてバックしようとすると、斜めに入っていて置けない、こんなことは日常茶飯事でした。それを妻に言うと、そんな細かいことでぐちゃぐちゃ言うな! ほんと、小さい男でイヤになる! 


自分で入れなおせばいいんじゃない?と。もちろん謝ることもしません。

 

もっと早く離婚しときゃよかった・・